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一文物語365 2017年5月集

一文物語
1
世の時計は、針が取り外されてただの文字盤だけが残り、ガラス板の中のデジタル表示もただの数字の羅列となり、成果はいますぐ出されるので、時間は必要なくなった。

2
少女は、新しく買ってもらった傘を来る日も来る日も持って出かけたというのに、使う日がやってこないので、風呂場でシャワーを雨がわりにして、傘を楽しそうにさしている。

3
ご自由に、と置かれた店のやかんの水をコップに注いだら、こっそり水を飲んでいたのか、妖精が流れ出てきて、慌てて飛び消えた。

4
ゴミ出しを忘れた日の夜、部屋の隅のゴミ箱から、なぜ捨ててくれなかったのじゃ、とゴミの神様の嘆く声が聞こえてきた。

5
自分を高く見積もってきたつもりはなかったけれど、送られてきた半額シールを貼らなければならなくなった。

6
空気汚染が進んでいて、人々は出歩くときだけでなくいつなん時も、マスクをしなければならないほど、みな口が臭い。

7
ステージ上で大いに笑いをとった漫談師は、どっと沸いた観客に笑い飛ばされて壁を突き抜け、全治三ヶ月の大怪我を負った。

8
以前その国では、臭いものには蓋をしろ、という命令がくだされ、いっきに人口が減ってしまった。

9
悪い王に囚われた幼き姫君たちを救い出してきた少女ばかりが乗り合わせる海賊船の少女船長がつけている眼帯をとった姿は誰も見たことがなく、船員の間で、目の中がハートの形になっている、とささやかれている。

10
数百年に一度、万年筆の愛好家らは、自らの危険をおかして、オーロラから滴り落ちる希少なインクを手に入れようと、吐く息すらも凍るような夜の氷の大地を進み行く。

11
歩くんに桂ちゃん、金さんに崖っぷちまで追い詰められた王氏は、負けを認めてたまるかと、自ら盤から飛び降りて、海へと逃げていった。

12
男はその女と愛を深めたかったがムードが足らず、オオカミ男は変貌できず、魔女は悪の魔法の発動に魔力が足らず、見上げる夜空には天敵がいる。

13
蜜猟はいけないとわかっていたが、ミツバチが住みついてしまったので。

14
死んでしまいそうなほど、嬉しさやら緊張やらでドキドキと跳ね打つこの心臓を今すぐ止めたいが、止めたら。

15
講義が終わったあと、同じグループのめったに口を開かない彼からお茶に誘われた彼女は、怪しい話に乗せられ、監禁、もしくは誰かを騙す手伝いをさせられるのか、それとも体が目当てか、と恐怖の想像をめぐらせ、彼を警察に突き出した。

16
その展示会のひとつにのぞき窓の作品があり、説明書きには点字を印刷した紙がはってあるだけで、触っても当然凹凸はなく、のぞき窓を覗くと真っ暗で、見えないという展示だった。

17
いつもより重いと感じるコントラバスの入ったケースを演奏会場で開けたら、楽器の代わりにぎっしりと羊羹が詰まっていて、演奏者と観客に切り分けて配り、甘い演奏会となった。

18
夏に向けて蒔いたひまわりの種が、突然急速に天にも届きそうに育ち、巨大な種が隕石のごとく落ちてきて、地上は穴だらけになってはそこから巨大な芽が生え、近く、そこは黄色い星になると見られる。

19
サケが川を勢いよく逆のぼっている中に一匹だけたい焼きがいて、クマがたまたまそれをとらえ、味をしめてしまったのか町まで降りてくるようになってしまった。

20
朽ちかかった廃墟がしっかり改装された廃墟カフェで、不気味な紅茶を頼んだら、カウンター奥から指を生やしたカップがテーブルを這って目の前までやって来て手をつかみ、なみなみとつがれた赤く染まった紅茶を飲み干すまで、その手を放してくれない。

21
子供が空の天井に、雲のシールを貼れば曇って、雷のシールを貼ればゴロゴロと鳴り響いて光って、ブタさんのシールを貼ればブヒブヒと鳴り響いてとんかつが降ってくる。

22
彼女と楽しい時間を過ごして忘れられないようにその時時の写真を一枚撮るたびに、撮った瞬間からその光景を忘れていく。

23
石の上で三年の修行を終え、立ち上がろうとしたら、筋力が落ちて、もう立ち上がることができなかった。

24
気晴らしに部屋の中で吹いたシャボン玉が全然割れず、ヤバイぞ、と思った時にはもう身動きがとれなかった。

25
真夜中、暗闇で光る枕元に置いた手のひらサイズのひび割れたガラス板の隙間から、誰かの咳き込む声で目覚めた彼女も、ガラス板のひびを、咳き込みながらなぞり始めた。

26
他愛のない言葉だけが、電子海の浜辺で何度も打ち寄せてはすくあげ散らかされていて、本当の想いを形にすべく彼は山へ向かい、一生をかけて、消えることのない言魂を岩に刻み始めた。

27
スランプに陥ったその作曲家は、納得のいかないまま出来上がった曲をひねり曲げてしまった。

28
思いついたイイ案を忘れてしまったことをきっかけにメモ魔となった彼は、次第にメモしたことすら忘れることが怖くなり、死ぬまでメモしたことをメモし続けた。

29
朝から頭を使い果たして一日をやりきった彼は、夜霧に包まれた帰り道で、突如闇に浮かんだ白い塔に吸い込まれて行った。

30
一瞬の出来事で、上空の空気をひんやり感じ、慌てて吸った少し薄い空気は地上よりもおいしく、ふと見下げる自分の住む小さな町の公園の先刻までまたがっていたシーソー。

31
ガヤガヤとざわざわと、人々が流れゆく町の中だというのに、熱を感じないのっぺりとした無反応の通信機を片手に持った彼女は、寂しさのあまり、心が凍って美しい氷柱の像となったが、それでも誰も彼女に気づかない。


一文物語365の本
2017年5月の一文物語は、手製本「天」に収録されています。

