2.納屋で見つけたガラスの筒

理想水郷ウトピアクアの蝶第1章学園島セリカ・ガルテン2.納屋で見つけたガラスの筒

ほとりは、海の絵が描けるようになるきっかけがあるかもと、一人で祖母の田舎に向かった。

着いた翌日、朝早くに目覚めてしまったほとりは、一人海に向かうがすぐに引き返す。

そして、朝日が差す畑の納屋に向かい……。

きっかけを求めて

 ほとりは、二週間祖母の家に滞在するため、大きめの荷物を持って、電車で一人移動していた。

 母と一緒に調べた乗り継ぎ駅や時刻、乗車賃を書いたメモを握って、乗り過ごさないよう緊張している。

 窓の外の町並みがどんどん変わっていく。

 知らない世界へ向かう不安と、遠出する興奮が、ほとりの中に同居する。

 ほとりの父は、仕事で海外に単身赴任している。

 ほとりが夏休みになってから、母と一緒に行くことになっていたが、ほとりは、行く気にはなれなかった。

 異国に興味がないわけではない。父と会うのが、照れくさかった。

 それに今は、他にやることがあるような気がしていた。

 ただ、それは、父と顔をあわせたくない理由を、わざわざ作ったのかもしれないと、ほとりは思っていた。

 ふと、祖母のところへ行きたいと、口をついて出たほとりが一番驚いていた。

 きっと、祖母の海に行けば、なにか描けるきっかけがあると、ほとりは理由のない確信を抱いていた。

記憶を呼び覚ますもの

 西日が強く差す夕方、虫の鳴き声が耳につく田舎に、初めての電車移動で無事到着した。

 二時間に一本あるかないかの駅には、祖母が迎えに来てくれていた。

 そこからさらに歩いて三十分。

 一日を移動に費やしたほとりを待っていたのは、祖母がこしらえてくれたたくさんの歓迎料理。

 父の転勤が決まってから、祖母と会えていなかった三年間について、ほとりは話した。

 祖母はただただ、笑顔でずっと聞いていた。

 翌朝、ほとりは早くに目が覚めた。

 移動の興奮が静まっていなかったのか、ここにまだ慣れていないためか、頭はさえていた。

 白み始めた外へ出ると、ほとりは遠くから波の音が聞こえてくるような気がしていた。

 自然と海のある方へ歩き出した。

 畑道は、夜中に降った雨でぬかるんでいる。

 空気が地面近くに閉じ込められているように、湿った土の匂いが鼻をつく。

 自分の家にいた時には、感じられなかった匂いだった。

 しかし、雨の濡れ始めたアスファルトの匂いがどんなだったか思い出せなかった。

 畑道を進み、木々のトンネルを抜けると、水をふくんだ重い砂浜に出た。

 そこは、昔、ほとりが溺れた海だった。

 いっきに潮の香りが包み込むと、ほとりは息苦しくなった。

 まだ薄暗い海の静かな波音が、ほとりの記憶の奥から、海中に引き込む黒い腕が伸びてくる感覚を覚えた。

 ほとりは、慌ててその腕を振り払うように海に背を向け、来た道をかけ戻った。

 ふたたび土の匂いに包まれる。

 ほとりは、潮の匂いを忘れるように、深く息を吸った。

 あがった息が、少しずつ落ち着いてくると、広くなった視界に、朝日が差す。

 葉に乗った雨粒が光を反射する畑の脇に、納屋が建っていることに気づいた。

 ほとりは、あんなところにあったかな、と記憶をたどりながら、雨に濡れた足下の草を揺らしながら近づいていく。

 昔は、それがずいぶんと大きく見えたが、今は小さく感じていた。

ガラスの筒と蝶

 鍵のない扉を開けた。

 今の今まで眠っていたほこりが、目を覚ましたかのように舞い上がった。板の隙間から差し込んだ光にキラキラと反射している。

 畑で使う道具や何に使うか分からない物が、ところ狭しと置かれていた。

 中央は通路として気持ちだけ空けられている。その奥に強い光が落ちていた。

 記憶を呼び覚ますように、ほとりが使っていたおもちゃのバケツがスポットライトのごとく照らされていたのだ。

 懐かしさのあまり、急いでかけ寄った。

 傷だらけで、経年劣化したプラスチックの持ち手は、すでに壊れている。

 他にもセットで道具があったと思い、辺りを見回すが、見当たらない。

 バケツの隣に置かれていた緑色の布に包まれた細長い物が、突然、発光した。

 納屋の外の光ではなかった。

 まるで電灯が息をするように、強弱を繰り返す光。

「な、なに?」

 包んでいた布が、一人でに、はらりはらりとめくれていく。

 ほとりは、一歩後ずさる。

 そこから姿を現したのは、ガラスの筒だった。上部には、きめ細かく装飾されたガラスの栓がしてあった。

 筒の底には、エメラルドに輝くわずかな液体。

 それが発光し、宝石を磨いたような表面を通って乱反射していた。

 ほとりは、おぼろげな記憶の中から、溺れた自分を助けてくれた祖母の傍らにあったものだと思い出した。

「そうだ、あの時の……」

 ほとりは、そっとガラスの筒に触れた。

 同時に、ドクンと、ほとりの体の中で、同じ光が目覚めた。

 胸から背に向けて、まるで熱い光が突き抜けて広がっていくようだった。

 そして、ガラスを包んでいた布が一瞬で、光の粉をまいて蝶に変化した。

 ほとりは、驚いた拍子にガラスの筒をつかんだ。

 すると、エメラルドグリーンの光がさらに強く発光して、ミラーボールのように納屋中に光に放つ。

 それに呼応するように、蝶も煌緑の光を発しながら、ほとりの目の前を飛んでいる。

「うわっ」

 ほとりは、まぶしくて目が開けられない。

 羽ばたくその強い光は、ほとりを飲み込んだ。

 パッと、煌緑の光が消えると、その場から、ほとりはいなくなっていた。

 蝶も消えていて、ただキラキラとほこりが舞っているだけだった。

この記事を書いた人

水島 一輝

水島 一輝

一文だけの小説も書く小説家。毎日1つ一文で完結する物語を書き、5年目1700作を超え、今も続く。Webデザイン業を経て、中学生時代から物語を書いて暮らしたいという思いが忘れられず、実現すべく作家活動を行っている。ファンタジー小説をオンラインで更新し、手製本を手がけて作品販売も行っている。

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