4.予言の子

理想水郷ウトピアクアの蝶第1章学園島セリカ・ガルテン4.予言の子

黒い羽を生やした深山明日架に、妖精の力を与えらた特別な存在だと、ほとりは告げられる。

広大な海に囲まれた島しかない場所だとわかり、ほとりは、不安と絶望に押しつぶされ、どう生きていけばいいのかわからなかった。

蝶たちの会話

 ――シュ、シュメッター?

 知らない言葉がほとりの頭の中をかけめぐる。それに引っ張られるように、全ての疑問がほとりを混乱させる。

 意識が黒い渦に引き込まれるように、突如重くなった体が、水中に沈んでいく。

 慌てて、黒い羽を生やした彼女の手をつかんだほとりは、軽々と宙に引き上げられた。

 水中で感じていた魚のような軽さは、もうなかった。

 だが、黒い羽の彼女は、ほとりに重さがないかのように、さっとほとりの肩を担ぐ。

「明日架、もしかして、その子……」

 ケイトが聞いた。

「えぇ、例の予言の子。私のシュメッターリング。そして、私の跡を継ぐ子」

 明日架の言葉には、全く言いよどみがなく、力すら感じた。そのせいか、いけすの淵に立っている人たちは、怯えて見えた。

「そう、その子が。てっきり、私だと思ってたのに」

 ほとりは、眉をひそめたケイトに見つめられた。

「よく言うわ。言われる気、さらさらないくせに。この子は、生徒会預かりだから」

「えぇ」

 ケイトは、静かに頷いた。

「この世界を少し案内しないといけないね、ほとり」

 目を右往左往させていたほとりは、明日架に自分の名前を呼ばれ、さらに混乱させられた。

「まずは、空の散歩に行こうか」

 まだ出会って間もない明日架の声は、とても嬉しそうに聞こえ、ほとりは何もわからない世界で孤独を感じた。

孤島

 明日架の羽が強く何度も打つと、その度にほとりの視界は、ぐんぐん広がっていく。

 同時に、ずぶ濡れだった服から、どんどん水分が抜け落ちていき、あっという間に軽くなり、乾いた。

「服が」

「ここは、水に恵まれている。ここでは、水はあるべき場所へ還るのよ」

 ほとりは、体内の水分まで取り除かれるのではないかと、その現象にゾッとする。気持ち悪ささえ感じた。

 眼下には、緑に覆われた大きな島が現れた。ほとりがいた島のすぐ隣にそれはあった。

 島の淵に大きな山があり、その中腹に木造の建物が二棟建っていた。古さは感じられず、威厳を発していた。

 裾野には、小さな町のように家々が並んでいる。

 その島を中心に小さな島がいくつかあるだけで、ほとりの全視界には、広大な海しか映っていない。

 ほとりは、心臓が縮こまって苦しくなった。また、空で溺れているようだった。

「ここは学園島セリカ・ガルテン。あれが学舎。右隣にあるのが寮。これからほとりには、この島で生活してもらうから」

 黒く長い髪をなびかせる明日架は、さも当たり前かのように言った。

「私、ここに来たくて来たわけじゃ……」

 ――夢なら、今すぐ覚めてほしい。

「ほとりは、特別に選ばれたの。ここに来る運命。そして、私とともに、新たな理想水郷すいきょうを作り出すの。ウトピアクアを」

 ほとりは、無理矢理水を飲まされたように、頭が重くなった。

 特別、選ばれる、運命、全ての言葉がほとりの不安にさらにのしかかると、体が震えだした。

 ――こんなところにはいられない。

 ほとりは、明日架にさらに力を入れられて、押さえられた。

蝶人

「私もここに選ばれてやってきた。いいえ、ここに来た者たちは、みんな特別。最初は戸惑うかもしれない。羽が生えて空も飛べちゃうからね」

 明日架は、風がやむのを待つかのように少し間をおいて続けた。

「でも、私たちは、理想水郷を作る使命を授かったシュメッターリングとして、私たちに妖精の力・蝶人てふとが与えられている。

ほとりは、その中でもさらに特別だと予言されてここへ選ばれたの。私の理想水郷を作るのに、あなたの力を貸してほしい」

 自分にどんな力があるのかもわからないほとりは、首を横に振るしかなかった。

 そして、不安に締めつけられた胸の苦しさは限界に達して、涙が落ちた。

 ――予言の子とまで言われるのなら、今すぐその力を使わせて。

 その力を使って、ほとりは、元の世界に戻りたかった。しかし、無力だった。

 いっそのこと、このまま突き落として欲しいくらいに思えた。

「いやっ!」

 ほとりは、明日架の腕を体から離すように打ち放って、宙に逃れた。

「ちょっと」

 羽があるなら、ここから自由に飛んで逃げることだってできると、ほとりはちらっと背後に目をやった。

 しかし、さっきまであったほとりの羽はなかった。背中に意識を持っていったが、羽が生える感触は全くなかった。

 真っ逆さまになったほとりの目元を飛び離れた小粒の涙が、空へ上がって、キラリと光る。

 黒い蝶が横切ると、ほとりの体は、また明日架に抱えられた。

「私は、深山みやま明日架。この学園島の生徒会長。決して、あなたを悪いようにはしない」

 他人からの期待と、安心させるその言葉が、今のほとりにとっては恐怖そのものだった。

 ――大人に相談するしかない。

 島から鐘の音が聞こえてきた。

 すると、学舎と呼ばれた建物から、自分とそんなに年の変わらない数多くの蝶人が、巣を飛び立つようにいっせいに羽ばたいた。

この記事を書いた人

水島 一輝

水島 一輝

一文だけの小説も書く小説家。毎日1つ一文で完結する物語を書き、5年目1700作を超え、今も続く。Webデザイン業を経て、中学生時代から物語を書いて暮らしたいという思いが忘れられず、実現すべく作家活動を行っている。ファンタジー小説をオンラインで更新し、手製本を手がけて作品販売も行っている。

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