5.冷たい視線

 学舎から飛び出てきた蝶人の中には、予言の子として、羽のないほとりを異質な存在と見る者もいた。

 ほとりは、元の世界に戻りたいとお願いするが、明日架は……。

視線

 ほとりは、明日架に抱えられたまま、散り散りに飛んでいく蝶人てふとたちの流れに逆らって、学舎へ近づいていく。

 明日架と通り過ぎ様に蝶人たちは、明日架に挨拶をし、明日架も明るく気軽に返事をしていく。

 その誰もが、自らの背に生えた蝶の羽で宙を飛んで、ほとりだけが空中で羽がない。

 通り過ぎる蝶人たちは、ほとりをあえて気にしていないという意識的な視線を送り、それが返って、ほとりは、強い意識を感じさせた。

「予言の子……」

「ハンザイ者……」

「はぐれ蝶……」

「しかも羽なし……」

「なんで会長が……」

 小さな声だったが、ほとりの耳を切り裂くには十分鋭かった。

 ほとりは、ここでは自分が異質の存在であることを自覚した。

 明日架は、笑顔のまま学舎へ飛んでいく。高度が低いせいか、風が暖かく感じられた。

「ほとり。気にしなくていいから。私がついているから」

 それは、明日架の温もりを布越しに感じていたからかもしれなかった。

生徒会

 二つの木造の建物の左側。

 三階建ての三階一番左端の開かれた窓に直接、飛び込んだ。

 窓は、大きめに設計され、羽を広げたまま出入りできるようになっていた。

 そこは、まるで校長室のような落ち着いた雰囲気の場所に、ほとりは降ろされ、立ち方を忘れたのようにその場に座り込んだ。

「会長。この子が」

 廊下へと通じるドアのところで、角ばった眼鏡をかけ、細い目つきの女子生徒が生徒たちに指示を出して終え、駆け寄ってきた。

「そう。ウンディーネ様が予言した例の子。ほとり、これからのことを少し話そう」

 明日架が部屋の中央にあるソファに向かって歩き出すと、明日架の黒い羽が、ふわりと消えた。

 ほとりはゆっくり立ち上がった。

 ――これからの話は聞かない。とにかくおばあちゃんのところに戻らないと。

「この子、羽を自分で消したの? 普通なら、羽に慌てふためくのに」

「ほとりに羽は生えていなかった。予言の子は違うのかもしれない」

 ほとりは、明日架の正面に立った。

「大人の方はいませんか? 私は、元の世界に戻りたいんです」

 ほとりは意を決して言った。一瞬、時間が止まったように静まり返った。

「大人はいないわよ、ここには。それに元の世界には戻れないから」

「ツバメ」

 明日架が、話し続けるのを止めるように手を上げた。

「ほとり。まずは座ろうか」

 ほとりは、肩に手を置かれた。明日架の表情は依然和らいだままで、真剣に話を聞いてくれるのではないかと、ほとりは思い、ゆっくりソファに腰掛けた。

 そのまま片膝をついた明日架と視線が合う。

「元の世界がどんなに楽しかったとしても、もう戻れない。戻れるなら、みんな戻ってるかもしれない。

 でも、ここにいる人たちは、みんなつらい状況から、ここへ選ばれてきている。

 元の世界に戻れると聞いても、たぶん戻ろうとする人はいない。自分の手で、理想水郷を作りたいと思っているから」

 自分の手で作れる理想水郷とはどんなものなのか、ほとりには想像がつかなかった。

「誰もがそこに住みたいと思う理想水郷ウトピアクアを私は作りたい。多くの蝶人たちは、私に賛同してくれている。それでもまだ力が足りていない。

 だから、ほとりにしかない力を私に貸して欲しい。いずれ、ほとりもその力で、自分の理想水郷を作ることもできる。

 この通り、お願いしたい」

 片膝をついている明日架が頭を下げた。ついさっきまで、羽の生えていた彼女の背中を見ることができた。

「か、会長。まだ、来たばかりの子に……。頭を上げてください」

 肩のところできっちり切りそろえられた髪を揺らしたツバメが、慌てて明日架の体を起こした。

「ここは、私たちしかいない。よって、最高責任者は、生徒会会長なんですよ」

 下から見上げて来るツバメの視線には、怒りすら感じられた。

引き込まれる絵

 ほとりは、すっと肩の力が抜けた。それは、諦めという脱力だった。

 悲しさはなく、一方でここにいてもいいかもしれないことが、ほとりの頭に浮かんでいた。

 ――元の世界に戻ったら、絵を描かなきゃいけない。つらい絵を。

 それを描かないで済むならと、ほとりは深く息を吐き、天井を見上げた。

 ――元の世界で、私はどう生きていこうと思っていたかの。……何も考えていなかった。

 自分の未来を見つめているかのように何もない天井から、横の壁に視線を移した。

 そこには、二枚の大きな絵が、並ぶように飾られていた。

 赤い絵と青い絵。

 一度見たら、視線をはずことができないほど、引き込まれた。

 その場面が、まるで焼きついたかのような絵。写真ではない。

 現象と感情が手に取るようにその絵からは感じられた。

 もっと近くで見てみたいと、ほとりは息を飲んだ。

この記事を書いた人

水島 一輝

水島 一輝

一文だけの小説も書く小説家。毎日1つ一文で完結する物語を書き、5年目1700作を超え、今も続く。Webデザイン業を経て、中学生時代から物語を書いて暮らしたいという思いが忘れられず、実現すべく作家活動を行っている。ファンタジー小説をオンラインで更新し、手製本を手がけて作品販売も行っている。

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