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2-9.理想のかたち [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]

2019 10/06
2-9.理想のかたち [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
前書き

そこに現れたミクロスは、ほとりが再び戻ってくる算段をつけていて、マルコを連れ出す準備をしていたと言う。

予言の子に託すミクロスの思いにほとりは……。

目次

ミクロスの思い

 背伸びをして、ドアノブから手を下ろした小さな調教師ミクロスが、部屋に入ってきた。

「無事、戻ってこれたようだな」

「あ、あなたは……ミ、ミク」

「ミクロスじゃ」

「ミクロスさん。これはどういう」

 ほとりが、目の前を通り過ぎていくミクロスに聞いた。

 ミクロスは、荷物だらけの机に持っていた物を置く。その一つにガラス瓶の水筒であることにほとりは気づいた。

「あ、それは」

「水筒だけは、見つけてきてもらえたが、お前さんが着ていた制服は、捨てられてしまって取り返すことができなかった。すまんな。

 いいか、暴れてくれるなよ」

 ミクロスは、ほとりに近づきながら腰に差していたナイフを抜いた。そして、ほとりを縛っていたロープを切った。

「ありがとうございます。でも、どうして」

「静かに。ここはステージの裏だ。ほぉ、水汚しの方に行かされてはいなかったようだな」

 ミクロスは、汚れていないほとりの作業着を見て、頬をゆるませた。

「あの」

「わかっておる。フリークかもしれない者が紛れていると言えば、必ずお前さんは戻ってくるとわかっていた」

「だったら、なんでわざわざ……」

 ほとりは、捕まえられる前にかばってくれれば良かったのにと内心吐露した。

「時間が必要だった」

「時間?」

「予言の子が出現したことをフィロに伝える時間と段取りのな」

「フィロ?」

「フィロメーナ・バックウェーブ。ここの島主じゃ」

「ショーの終わりに出てきたあの人……」

 マイクを持って水の宣伝をしていた女性をほとりは思い出した。

「そうだが、あれは興業側の者がフィロに化けているだけでな、本物は老体で床に伏しておる。

 もうフィロの力では、実質経営者を制御することはできない。

 フィロもわしも、マルコをずっとこのままにしておくのが心苦しかった。そこにお前さんが現れた」

「でも、予言の子と言っても、何か力があるわけじゃなくて……」

「お前さんの力となってくれるシュメッターを助けに来たのじゃ。詳しくは知らないが、フィロがそう言っておった。

 新しく生まれるウトピアクアのためにも、どうか、マルコを……。

 いや、ララ・クランシーをもっと広い空に羽ばたかせてやってくれ」

 ミクロスは背を正して、頭を下げた。

「ララ・クランシー?」

「マルコの本当の名前だ」

「素敵な名前。でも、ララさんは本当にここを出たいと思っているんですか?」

「お前さんたちが現れてから、心は揺れている。利用されていることも心の内では知っている。かわいそうに子供ながらにな」

「でも、どうやって連れ出せば」

「そこはもう段取ってある。そろそろ時間がなくなってきた。お前さんは、これに着替えろ」

 ミクロスは、机の上に手を伸ばし、つかんだ物をほとりに渡した。

 ほとりがそれを広げると、マルコがフリークショーで着ていたような青色の衣装だった。

「こっちじゃ」

 ミクロスは、ほとりを積まれた箱の物陰に連れて、そこから去った。

「え、本当に、これに着替えるんですか?」

「なんだ、小さかったか?」

「いや、そうじゃなくて、どうしてこれに?」

「すべての目を欺くためだ。お前さんの仲間にも段取りを知らせておる」

「ユーリにも?」

 ほとりは、手にした衣装を見つめると、ユーリのニヤけた企み顔が思い浮かんだ。

「時間が迫っておる。早くせい」

 ほとり自身、工場を出てからのことは考えていなかったため、その通りにする他なかった。

目指した理想

「着替え終わりました」

 箱の陰からほとりが出て行くと、ミクロスに上から下までマジマジと見られて、ほとりは恥ずかしくなった。

 明るい青色で、キラキラと宝石と見間違うような小さな粒が散りばめられていて、腕を動かせば、ヒラヒラがなびく。

「おぉ、似合っておるぞ。懐かしい。フィロの若い頃を思い出す」

「若い頃?」

「わしは、フィロとともにこのウトピアクアで、ショーをしていた。その時のフィロが、目の前にいるようじゃ」

「それじゃ、ミクロスさんは、この島の水のことは全部知っているんですか?」

「あぁ、知っておるよ。一部の関係者だけしか知らんが」

「これで本当にウトピアクアと言えるんですか? これが理想水郷だなんて認められない」

 ほとりは、ミクロスを上から見下げる。

「幸か不幸か、知恵を持ったシュメッターたちによってここまで大きく発展してしまったウトピアクアは、簡単には止められなくなった。

 わしらにも生きる場所が必要だった。

 だが、興業のために唯一シュメッターとして成長させられたマルコだけは、せめて、いつか本来の役目に向き合ってもらいたいと思って、世話役をわしがかってでた」

「でも、それは、フィロメーナさんが、責任をもって理想水郷を作り続けていれば――」

「そう言ってやるな。理想とは簡単に口にできても、それを形にすることはそう簡単じゃない。

 これまでやってきたことを推し量ることもな」

 壁の向こう側から、ひときわ大きな拍手と歓声が響いてきた。そして、いっきに静まりかえると、奇妙な音楽が鳴る。

 ほとりも一度聞いたことのある音楽。フリークショーが始まる時のものだった。

 ミクロスは、机の上の水筒を背伸びして取り、ほとりに手渡した。

「もうここへは戻ってこれないからな」

「ありがとうございます」

 ほとりは水筒の紐を肩に通し終えると、唐突にミクロスに手首をつかまれ、無理矢理部屋から連れ出された。

「ちょっとミクロスさん。どこへ?」

「お前さんとマルコをここから逃がすため、ひと芝居うってもらう」

「ひと芝居って?」

Web連載小説「理想水郷ウトピアクアの蝶」第2章 バックウェーブ・サーカス団の蝶々 10.飛ぶ決意

2-10.飛ぶ決意

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