連続テレビ小説「半分、青い。」を見て、人の曖昧な、感情の揺らぎ、行動をあえて描いた面白い作品だと感じた!

青い空に浮かぶ雲

「半分、青い。」を見始めてすぐに、

ドラマとしての説明が足りない、
話が急に進んだ、
シナリオはこれでいいのか、

と、引っかかることがたくさんありました。

何かとSNSを中心に話題だった「半分、青い。」、NHKのテレビ小説をしっかり見たのは今回が初めてでした。

見始めたのは、9月からでしたが、最終回まで見終えて、面白かったなと思えました。

連続テレビ小説「半分、青い。」

NHK連続テレビ小説『半分、青い。』

NHKで、2018年4月2日~9月29日まで、日曜日を除いて毎日15分放送されるドラマ。

連続テレビ小説第98作「半分、青い。」は、脚本家・北川悦吏子さんのオリジナル作品。故郷である岐阜県と東京を舞台に、ちょっとうかつだけれど失敗を恐れないヒロインが、高度成長期の終わりから現代までを七転び八起きで駆け抜け、やがて一大発明をなしとげるまで、およそ半世紀の物語を紡ぎだしていきます。

大阪万博の翌年、1971(昭和46)年。岐阜県東部の架空の町・東美濃市梟(ふくろう)町の小さな食堂に、鈴愛(すずめ)という女の子が生まれた。毎日野山を駆け回る元気な子だったが、小学生のとき、病気で片耳を失聴してしまう。そんな彼女を励ましたのは、わが子を愛してやまない両親と、同じ日に同じ病院で生まれた幼なじみだった…。

公式サイト 番組紹介より

SNSで、シナリオや設定、脚本家に、不満の声

物語も終盤となる9月に入ってから、ドラマを見るようになりました。知り合いから勧められたからでした。

ただ、勧められたとはいっても、ドラマツルギーが成立していなかったり、キャラクターのブレ、映像から見る設定の説得のなさなどを聞いて、逆に興味を持ちました。

Twitterを見てみると、肯定派と否定派がぶつかっていたり、ドラマの外でドラマが起きているのを目の当たりにしました。

シナリオの法則をあえて破った映像作品

私は、最終回を終えるまでにそう感じるようになりました。

見始めた当初は、台詞による説明が多く感じられたり、週またがりで、知らないところで展開が進んでしまっていて、違和感を感じました。

一般的なドラマ作品なら、台詞による説明を、登場人物の行動やシーンで作ると思います。

しかし、そういうところがないと感じられました。

何度もそれらが続くということは、何か意図があるように思い始めました。

脚本を担当した北川さんの対談放送を見た時に、意図はわからずとも、あえてそうしたようにシナリオを作っていると感じました。

現実的で、人間味のあるシナリオ構成

映像的説明の説得力のなさや台詞による簡単な理由づけ、翌日になったら知らないところで話が進んでいる展開。

私は、どこかでこういうことを今までに体験したことがあるなと思っていました。

そう、現実の私であり、周囲の人々との関わりがこれに近いと感じました。

言っていることとやっていることが違っていたり、自分の知らないところで話が進んでいた、知らなかったということはよくあります。

作中で、主人公の娘がフィギュアスケートを習っているようでしたが、何か他人事のようだったりするのも、どの視点から見るかによって、不要なことだったのかもしれません。

だから、設定として話の中にはあるが、映像としては表現されていないのだろうと思います。

本作では、あえてそう表現しているように思いました。

まとめ

普通のドラマではできないことをあえてやっていると感じ、面白いと思いました。

私としては、最終回もいい終わり方だったと感じられました。

賛否両論で、ドラマの外でも盛り上がりを見せた作品でしたが、楽しく見れたり、時には考えらさせられた面白い作品でした。

この記事を書いた人

水島 一輝

水島 一輝

一文だけの小説も書く小説家。毎日1つ一文で完結する物語を書き、5年目1700作を超え、今も続く。Webデザイン業を経て、中学生時代から物語を書いて暮らしたいという思いが忘れられず、実現すべく作家活動を行っている。ファンタジー小説をオンラインで更新し、手製本を手がけて作品販売も行っている。

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