一文物語365 2014年10月集

一文物語365 10月

一文物語

1

お金持ちの家に上がると、ドアストッパーが折り曲げられた札束だったことに驚いた。

2

荒れ果てた町中で血にまみれた二人の青年が、疲れ果てて壁に寄りかかっているその白黒の写真は、戦争の悲惨さをとらえているとされていたが、写真をカラー化してみると、トマト祭りに参加した後だったことがわかった。

3

ハナヲカンダラ、チガデタ。

4

音楽を食そうと、ナイフとフォークでレコード盤を切り分けて、パリパリと飲み込むと全身に栄養が回るようにメロディが体内を駆け巡り、心臓が鼓動するたびに重低音が響き、頭痛に悩まされた。

5

ふわふわと宙を漂う気球に何も持たずにうなだれて乗っている男性がいれば、女性の乗る気球には酒瓶がいくつも転がっていたり、紙にメッセージを残して投げ捨てる少女のいる気球もあり、どれも大きな円を描きながら灰色の空の渦に吸い込まれるのをただ待っている。

6

氷のハートが愛の熱で溶けていく。

7

斜め少女は、立てかけられたモップのように壁に寄りかかった状態で、斜めにしか物事を見ることができないが、上から目線、上目遣いが得意である。

8

夜、仕事を終えてクタクタになっての帰り路、置いてあったバケツにつまずいて、倒れたバケツから、足に絡みつくように大量の髪の毛が流れ出てきた。

9

荒れた果てた星で、廃墟の崩れ残ったひとつの不思議な壁窓の中に見えるのは、青や緑の映えたかつての大地が広がる光景で、その窓を見たく想像力のなくなったかつての住人が観光客として、廃星めぐりツアーに参加している。

10

想像を具現化できてしまうまだ幼い少女は、世界征服を企む組織に囚われてしまい、破壊兵器を作るように言われたが、そんなことはできない少女は自分に誰も近づけないように体内から全身を覆うように鋼鉄の針を剣山のごとく、生み突き出して、自分のいない平和な世界を想像した。

11

まるで血が沸騰しているかのごとく暴れ狂うその男性は警官に取り押さえられ、心臓に取り付けられた栓をきつく締められると、男は血の気を失ったように静かになった。

12

目で見た瞬間瞬間が感動的だと、自分の生きた時間を忘れないように記憶できる男だったが、記憶できる容量が少なかったため、幼少の頃どころか一年前の自分すら自分と認識できないが、今は孫たちに囲まれた記憶で埋め尽くされている。

13

相撲の全取り組みが終わって、会場の出口でパンを土産に渡されたが、土俵で練らされたものだそうだ。

14

鳥、カラス、カラス、カラス、カラス、カラス、カラス、カラス、カラス、カラスと青い空が暗くなりほどの数で、徒競走ではあるまいが、鳥は何かをやらかして逃げ切ろうとしている。

15

パンのかけらを空に腕いっぱい伸ばし、何かやってこないかなと待っていると、遠くに小さく見えていた鳥が口を開けて近づいて来たが、一瞬の衝撃とともに視界は真っ暗になった。

16

一点集中していた髪の長い女性は、気づくと回る自転車の車輪を見つめて、世界もグルグル廻っているとふと思うと、髪が車輪に絡まっていて、世界の中心のごとく彼女自身が廻っていた。

17

体は滅んでも意思だけは生きていたいと、サイバー葬を選んだ老人の意志がインターネットの中を縦横無尽に駆け回り、時々、誰かのディスプレイに姿を現すので、ネットの中の幽霊として有名になっている。

18

マッチ棒を何度試しても火がつかず、いらいらしていた坊主は自分の頭をこすったら、今まで溜まっていた煩悩に引火したかのように自分が燃え上がった。

19

突如、向け合っていた銃が花に変わって兵士たちはあたふたし、戦闘機から落とされた爆弾にはあめ玉が詰め込まれていて、地上でわんさか子どもたちが拾い集めている。

20

石碑を刻む職人家系に生まれ、職人となったその男は、いい年をして刺青にあこがれて、弟子に自分の背中に石碑を掘らせている。

21

小型ロケットエンジンがついた靴を開発したが、とにかく重くて歩行は困難で社内から改良を求められていた一方でなぜか注文が殺到し、買った多くの人は、安全を図るためだったのか靴を履いて海に向かって行くのはいいが、みんな何も考えず勝手に前に進んで人との空気が通わない暗闇に沈みたい人たちばかりだった。

22

商店街でもらった銀色でぷかぷか浮かぶ三日月の風船を針で穴を空けて捨てられるのをまじまじ見ていたお月様が、自分は嫌われたのかと落ち込んで、浮く力を失い、地球に近づいてきている。

23

歯車と歯車がただ噛み合うように、ずれることなく流れ行く世で生きてきた彼女は、自分が動かす歯車を作りたいと、自分の時が止まるまで時計作りに人生をかけた。

24

このクズどもが、と周囲をまとわりつく岩石を一掃したいが、私たちがいなくなればお前の魅力はなくなると言って、岩石どもはずっと土星の輪として星を名実なものとしている。

25

ちょっと距離間あるけど俺達はたぶん仲がいい、と鉄塔たちは糸電話のような電線に思いを含ませながら電気をつなげている。

26

ステージに上がった研究者が多くの人から称賛の拍手を受けているという予行練習を一人みかん箱の上で行い、飲むと栄光な思いにひたれる薬を開発しているが、家事ロボットに家が片付かないから研究をやめろ、と毎日小言のように言われている。

27

瞑想から覚めたらしく、輝いていた仏は光を失い、人々は一生懸命磨きに努めたが、この世の欲を自分も満たしたいと仏が思い始めた以上、誰もそれを止めることはしなかった。

28

発射した魚雷が忽然と姿を消すので調べを進めていくと、機械好きの人魚たちが奪い集めていた。

29

女性の家を死神の子供が、いたずらかお菓子か、と訪ねてきたがお菓子の用意はなく、死神の子供は不安げな表情を見せつつ仕方なく女性の魂を抜いてしまうが、それを持ち帰るほどの力はなく、三時間後、女性は玄関先で目を覚ました。

30

目を吊り上げ、不気味に笑うかぼちゃが畑で発見された。

31

あ、ちょっと、怖いから、それをこっちに向けないで、とペン先を嫌がり、まだ顔と体の輪郭しかない少女に言われ、漫画家は続きを描くことを許されなかったので、その少女の口を消した。

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一文物語365の本

2014年10月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。

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