一文物語365 2014年11月集
一文物語
1
家の塀を突き破ってそれでも空へ伸びるその太くて勇ましい木を見た男は、会社にはびこる軋轢という壁に風穴を空ける決心がついて、突進したが、首に大きな傷を負った。
2
本棚に肩と肩がこすり合わさるようにギチギチに並んでいる多種多様の百科事典が、ヨンデヨンデと、目の前を何度も通り過ぎる見知らぬ凡人たちに呪文を唱えている。
3
その姿勢矯正器具は、背後からの攻撃にも強く、瞬時に丸まるだけでなく、後方にエビのごとく飛び退ける機能が備わっているため、それに打ち勝つ筋力を鍛えなければ、姿勢が矯正されないのである。
4
そのロウソクに火をつけると、出てきた煙が心内を形作って見え、周囲の友達は旦那やペット、海外の都市が見えたそうだが、初めて試した彼女の煙は、頭蓋骨が浮かび上がり顎をカクカクさせ、何かを訴えているのが見えたと友人同士で話が盛り上がった際、顎が外れた。
5
しばらく連絡もなく、メールも気になどしていなかったが、何か臭うかなと鼻を近づけていくと、メールアドレスが腐っていた。
6
業績の伸ばせない青年が夜中の帰り道の神社で、賽銭を入れずに願をかけると、仕事は順調に進み、ここで願えば勝手に叶うなんてな、と本音に濁りが出始めた頃、賽銭を入れず二度手を打ったら、両手のひらの骨が砕けた。
7
その花火大会では、乾いた音とともに小粒のドロップ飴が小さくも強い光を放ちながら、暗闇の頂点に達するとドロップの甘さ加減で弾ける形が違い、見ている者の口の中をじわりと唾が潤す。
8
自分があの山の神様だと言って、力こぶしを握ると山が膨らみ、年が経つにつれて神様の髪の毛が少なくなると山の木も枯れ、気が付くとそこの山はなくなっていた。
9
山間の数少ない古民家に入ってきたが熊が、人間と仲良くなろうと、爪をはがして危険でないことを猛烈にアピールしている。
10
未来を誓った少年より細く折れかかった枝先にいた少女は、微塵の悲しさも感じさせない笑顔で、自然と折れる枝に身を任せて旅立った。
11
人々は、胸にくくりつけられた落ち続ける砂時計を引き剥がし、一箇所に砂を集めて、様々な形を創造しては崩し、力尽きるまで繰り返し遊んだ。
12
いいから早くしろ、いやお前が早くしろ、上手くやれよ、後の分も残しておけよ、と先頭でマスクをして銃を持った男の後ろには、麻袋をもった脱獄囚や空の宝箱を持った海賊など似た相貌の輩が、コンビニのレジに律儀にも並んで順番を待っている。
13
人知れず、天使が降り立ったところにたんぼぼが咲き、汚くなった風でさえもつかまえて白い天使たちが飛び立っていく。
14
時間が鋭利な凶器を持って追いかけてくる。
15
女の手の上で踊らされているその男は、精神不安定な波が起こる手の平と不規則な愛の揺れの中、生まれたばかりの子鹿のごとく、立ち上がろうとしている。
16
仕事を終えた女が家に帰ると、怪人が夕食を作って笑顔で待っていたり、不信にも思わない犬は吠えることなく大人しく、危害を加えることはなさそうだと感じていたが、時に怪人はベッドルームでテレビを見ていることさえあり、女はそのことを旦那に話すと、旦那は怒って家を出て行ってしまい、それから怪人はいなくなった。
17
豪快なくしゃみをした男は、エビが飛び退けるがごとくの勢いで世界を一周してきて、体はあちこち傷つき、景色の流れが速すぎて何も見れなかったと、つぶやいた。
18
男は久しく晴れて干した布団に入り込んで、これがお日様の匂いだなどと思っていると、耐えられない、暑い、とどういう伝心術かはわからないが、太陽の苦しみの声を聞いたが、そのぬくもりには勝てず目を閉じた。
19
毎朝、通勤電車で彼は白紙の本を開いて眺めてみては、そこに書かれているだろう文字を想像して読書をし、時に瞳を潤ませている。
20
あるはずもない架空の住所宛てに手紙を出すと、いるはずもない相手から必ず手紙が返信されてくるが、毎度住所を変えているのにいつも同じ筆跡の手紙である。
21
リモコンのボタンを押しても指定の動作をしてくれず、調子が悪いのか、電池を調べたらアルコール成分が含まれていて酔っていた。
22
男と女が抱きしめあってひとつになると、螺旋を描くように体がひねり合わさって解けなくり、新たなDNAができあがった。
23
防具と盾を身にまとった軍隊に囲まれた一人の音楽家は、ただその観衆の前で見えない飛び道具、ピアノの音色を武器に一人戦った。
24
シロクマがピザを頼んで来たので、氷の円盤に生肉をのせて、所定の雪原に置いてきた。
25
定期的に会う武器商人の販売リストに女性というカテゴリーが追加されていた。
26
愛を盗まれたと言い張る女の胸には、ぽっかりと向こうの景色が見えるようにハート型の穴が空いている。
27
蛇好きの変人と言われていた男は、ただお金が欲しくて財布に蛇の抜け殻を入れて、気づいたらたくさんの蛇を飼い、次第にそう言われるようになったが、ある時、どこぞのバッグメーカーがお金と引き換えに蛇を全て持ち去っていった。
28
おい、その栓をとってはダメだ、と忠告したが、栓は外され、彼の鼻からドバーッと鼻水がとめどなく流れでてきた。
29
巨大な蜘蛛の巣に捕まりもがいても逃げることができない夢を見たが、蜘蛛の巣に囚われたように、布団のぬくもりと夢の誘惑には抗えない。
30
煙を上げて走る機関車のようなロボット人間たちが、疲れ果てて黒い煙を上げながら、電車の乗り降りを繰り返している。
一文物語365の本
2014年11月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。