一文物語365 2015年5月集
一文物語
1
彼のエンドクレジットは、すぐに流れ終わった。
2
彼はこれから日々、どうやって生きていこうかという人生設計書を書き終えると、それが模範的な人生で幸せな生き方だということで、本になって売れまくり、同じような人生を過ごす人々が増える中、彼は設計書にはない予想していない人生を歩んで、今どこにいるかわからない。
3
彼は、彼女に来て欲しい一心で招待状を何度も送るが、受け取った彼女は中身を見ることもなく宛名を変えて、違う人にそれを送っている。
4
夢に向かって走っていたが、遠回りだと気づいてもそのまま走り続け、ようやくその遠回りも終わると、最初の道に戻っていた。
5
お化け屋敷で、両壁から手が突き出すところを、顔を突き出した演出に変えたら、愛に飢えた美しい女のお化けが唇を冷たく重ねてくる。
6
タクシーで、前のロケットを追って、とお願いできる時代になった。
7
流れ星は、願いことなど頼まれてはたまらんので、必死のスピードで移動している。
8
カーテンがふわりとめくれ上がるたびに、風がこんにちはと、爽やかに何度も家の中に無許可で上がってくる。
9
あの真っ赤な夕焼けの向こうでは、男女が熱く燃え上がっている。
10
時計のついた扉に、子供の頃の時間に指定して扉をくぐると、辺りは昔に戻り、自分の視線は低くなっていた。
11
暗くなる夜を嫌う彼は、猫のように陽当たりを求めて、地球の陽当たりのみを旅している。
12
以前、犯人に逃げられた探偵が、しばらくして夢で告げられた場所に行ってみると、苔むした墓石に犯人の名前があり、夢で犯人探しができると確信した。
13
その呪われた少女は、体中から光を発し、人々から注目を浴びて一方で晒し者になってもいるが、彼女は誰かの一人の暗闇に光が届けばと光っている。
14
こすると魔人が出てくるあのランプを発見したが、重すぎて運べず、中身を出そうとも、出てきてくれない。
15
休暇をとり、これでもかと羽を伸ばして充電満タンになった彼女は、気持ちがいっぱい過ぎて、伸ばした羽も縮まず動く気力をなくしてしまった。
16
昼間は机の上で事務処理をしている女性は、夜夢の中で普段ではできないうっそうと生い茂る緑の中で冒険をし、事務仕事には関係ないほど体格が進化している。
17
舞台上で、役者たちが華麗なるほど次々と倒れていき、観客からは大きな拍手が湧いたが、次第に悲鳴に変わった。
18
いつの日かのために、老人は山頂に鉄を運び、潜水艦を造っている。
19
桃源郷の描かれたその絨毯に触れると、その中に吸い込まれ、永遠に生きることができるが、なんとなしに人が増えては、息苦しくなり、絨毯の絵柄は地獄絵図と変わっていた。
20
水族館の大きな大きな魚のいなくなった水槽に、たまに人魚が顔を出しますと書いてあり、多くの人が何もいない水槽に釘づけになっている。
21
晴れ、晴れ、晴れ、くもり、晴れ、晴れ、くもり、不明、晴れ、雨、雨、晴れ、くもり、晴れ……、夏休みの日記を読み返して、悲しみから涙が出てきた。
22
亡き陶芸家の作った花瓶が落ちて割れると、みんな元気かと高らかな陶芸家の笑い声が連呼して、館中に響き渡り止まらないでいる。
23
出自不明として多くの詩を作って山奥で暮らすその詩人は、住み着いたフクロウが頻繁に首を動かして反応してくれるので、自分の詩を読み聞かせて良し悪しの基準にしている。
24
どこからともなく、自分が歩いた足跡が書き込まれた地図が送られてくる。
25
早く寿命尽きたかった三十歳の彼は、寿命時計の針を回して、終わりを早めると、二倍速で体が動いてあとそれから三十五年を生きた。
26
深夜、学校が嫌になった少年が線路内に忍び込むと、大人の女性がすでに線路に寝っ転がり、涙を流しているのを見て、彼は引き返した。
27
人前で笑わない彼女の笑顔を初めて見たのは、鏡の前だった。
28
その手から手が離れた時、魔女は時間を止めたが、止まった時間の中では、何もかもが固く止まっているだけで何かを動かすことはできず、ただ自分の気持ちを先延ばしにするだけの時間を解除すると、彼女の手から愛する人の手が急速に離れていった。
29
気持ちを伝えることが苦手な女性は、自分の代わりの表現伝導機を開発したが、そこにはもう一人の自分が同じ表情で立っていた。
30
生れながら鉄壁を持つ彼女の半径二メートルから近づくことはできず、彼女の中に入ると見えなかったそのか細い手に武器が握られていて、そこから生還した者はおらず、今は暗殺組織に所属している。
31
何も持っていない彼は、夢と描いたボールを道なりに蹴りながら、ただ風に押されて歩いている。
一文物語365の本
2015年5月の一文物語は、手製本「月」に収録されています。