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小説の文章が書けない理由は、こんな自分が書いてはいけないと思っていたからだ

笑った少女に花吹雪が待っている

前回の記事で、プチ執筆合宿をして集中するコツをつかみ直すことを書きました。その成果もあって、小説が以前よりは書けるようになりました。

実は、10代の時は、すらすら書いていました。けれど、今は全くそんな風には書けていません。

しかし、その時の感覚がふとわずかに蘇りました。

それで、気づいたのです。

私は小説の文章を書いていい、という許可が降りていなかったことに。

目次

いつの間にか、自分を制限していた

すらすら書いていた当時、小説を書くことに許可するしないとか考えていませんでした。

時が経ち、いわゆる社会人になってこの10年間で、いつの間にか小説を書いてはいけないと制限をかけていました。

でも、この10年間、本当は小説を書きたかったのです。

仕事があるから……、
働かなければ……、
野暮な夢を追うなんて……、
人生の経験のない人の文章に力はない……。

いつの間にか、
こんな私が小説を書いてはいけないと思ってしまっていることに気づきました。

幼稚な文章は小説にならない、という思い込み

どうも小説は、高尚なモノのようにいつの間にか思ってしまっていたようです。

いろんな作品を読めば読むほどに。

だから、私もそれと同じモノを書かなければならないと思っていました。

でも、同じモノを書いたところで、同じモノを超えることはできません。

それでは、力がないように感じます。

すらすら書いていた頃は、今よりも稚拙な文章でしたが、勢いや作品の楽しさが溢れていました。

今も、それに負けじと書いているつもりでしたが、どこかで出力をキュッと絞ってしまっていました。

幼稚な文章を書く私が、小説を書いてはいけない。

書いていい、許可を出した

幼稚な文章でもいい、とあのスティーブン・キングでさえ言っています。

ずっと前に、その言葉を読んでも、文章を書くことに怖さがありました。

でも、本当は書きたいけど、書きたくない自分を見つめるのが怖かったんだと思います。

それを認めてしまうと、幼稚な文章を書く私を認めてしまう他ないからです。

当時に比べたら、語彙も知識もセオリーも備えていますので、もっと上手く書いていけるんです。

自分を見つめ直すことを始めて、そろそろ3年が経ち、またひとつ新たな自分を見つけることができました。

それも含めて自分であると、わかり始めたので、書いていい許可を出しました。

すると、すらすら書いていた頃の感覚が溢れるように出て来ました。

今、この記事を書いていて涙が出そうなくらい嬉しくて、自分がびっくりしています。目が潤んでいます。

寝ることより書いていたいと思っていた時の私が、まだ私の中にいてくれて本当に嬉しいし、感謝します。

笑った少女に花吹雪が待っている



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ABOUTこの記事をかいた人

水島 一輝

2013年6月より毎日、一文だけで完結する一文物語を現在も作り続けて、作品数は1,600本を越える。映像系専門学校を卒業後、システムエンジニア、Webデザイン業を経て、中学生時代から物語を書いて暮らしたいという思いが忘れられず、実現すべく作家活動を行っている。長編ファンタジー小説を執筆中。また糸かがり手製本による製本および作品販売を行っている。