一文物語365 2014年9月集
一文物語
1
ひと所で書き続けることができないその作家は、筆と紙を持ち、机を背負って、あちこち歩き回りながら、自伝を完成させたか、途中から旅行日記に変わっていた。
2
外から中が丸見えのガラスの家に住む少女は、また新しいガラスの家ができるんだと友達に嬉しそうに言い、家同様少女自身も隠そうとしないので、興奮しているとわかるほど血の巡りの良さが見てとれる。
3
多くの黒服の人は、白い服を着て主役になった彼を見に行き、まだそこに立つのは早いと心内叫んだが、もう彼には聞いてもらえない。
4
悪態しかつけない女は、感謝の言葉しか述べられない男と出会い、自分の言っていることが正当化されているのかと勘違いし、選挙に立候補したら、やたらに責められたい人たちに支持をされている。
5
イルカと船が並走する幻想的な光景と同じように、くちばしの尖った多くの鳥達と気球が同じ風を受けて大空を飛んでいたが、やめてくれと叫んだ時には遅く、気球だけが降下し始めていた。
6
馬車用の馬がいなくなってしまったので、今日からダチョウ車になった。
7
湖に反射するほど輝く月に去って行った男を追いかけるため、助走をつけて桟橋を駆け出した女は、勢いよく飛び跳ねて空に浮かぶ月に手を伸ばしたが届くはずもなく、穏やかな水面に写る月に女は落ちて、真っ暗な湖底を見つめながら自分が太陽のように月を輝かせるほどの光りは持っていないのだと理解するほかなかった。
8
ここにいると分かりにくいが、掃除屋が宇宙で星々を掃除機で吸っているので、星の数が少なくなっているが、未然に隕石とならぬようにしている。
9
広くひらけた場所で、彼女が弾くグランドピアノの演奏を聞いていると、その音色に誘われてまるで優雅に空を飛んでいるように感じていたが、実際に空を飛んでいたのは、開口した板の代わりに黒い片羽を生やしたグランドピアノだった。
10
誰も踏み入って来ない場所で男は、花開いてはもったいないと、何人かの女性を紐で花のつぼみのように縛り、そばに置いている。
11
作家は、刻々と迫り来る締め切りに焦りを感じていたので、一呼吸して落ち着いて、改めて考えてみて、やっぱり焦らないとダメだと無我夢中で原稿用紙を埋めていたら、白と黒のマスで幾何学的な模様を描いていて、デザイン本を出版することになった。
12
蝶々を何十匹と標本にして、飾っておいたが、夜、月光を浴びたその蝶たちは、お月見がしたかったのか、その場でいっせいに羽だけを羽ばたかせた。
13
食器職人は果物を描いたかわい㸄食器を作ったのだが、できればお店に人の行列ができて欲しかったが、困ったことに、甘いモノがあると勘違いして蟻がその食器に行列を作っている。
14
純白の柔らかいティッシュになってしまった彼女をたびたび手にとっては、使い汚し、ゴミ箱へ投げ捨てている。
15
晴れた昼下がり、突如パンパンと何度も乾いた音が響いて、とうとうこんなところで銃撃戦が始まったのかと思い、おそるおそる窓の外を覗くと、近所のママさんたちがあちらこちらで干していた布団を叩いていて、ホッとした。
16
ある時、客の来ない店主のもとに、店前にこれを置くといいと、通りがかりの人に渡されたものに空気を入れて膨らませると巨大な招き猫ができあがり、注目を浴びて人は集まったが、招き猫が邪魔で入り口がふさがっている。
17
ワレをもぎ取るがいいと、毒キノコが笑っている。
18
少年は、夏休みに見つけた海の中へ掛けられたハシゴをずっと眺めていても誰も上がって来ないので、きっときらびやかな海底の街につながっているのだろうと想像を巡らせるが、降りていく勇気はなく、それだけを考えていたら、夏休みは終わっていた。
19
人生と社会に迷い疲れた男性は、寝ている時でさえも夢の中を彷徨うというので、いっそのことと、二十四時間を体で感じられ、道のない広大な森の中で、ただ上に伸びている木々が道標とし、迷うことなく半生を謳歌した。
20
ステージで華麗に舞うタップダンサーは、パン生地を足でこねている途中でタップダンサーになってしまったことを思い出し、急いで家に帰っていった。
21
その人の生命維持装置を維持するための発電機を、ペダルでこぎ続けなければならず、すでに百人以上の発電者が疲労で亡くなっている。
22
闇に落とされた青年のもとに垂れてきた光の糸を登って行くと、それは仙人のヒゲで、助けたかわりに凝り固まった肩もみを永遠と続けさせられた。
23
二月、三月かかることもあるが、将棋の次の一手だけを手紙でやり取りをして数十年が経ち、将棋の勝負が付く前に、人生の勝負が先に終わった相手の息子から次の一手が送られてきた。
24
この星では、その人の思考度合いによって個人の重力が変化し、ふわふわしている人もいれば、地中にめり込んで抜け出せなくなっている人もいて、地面を歩いている人は見かけない。
25
十年に一度、みな変わりなく再会を喜び、そのたびに出会った当初の記録映像を見返すと、同じ内容のはずなのに、登場人物が別人のように成長している。
26
星流しの刑になって宇宙をさまよい続けるうちに年を取り、どこだかわからない場所で漂流していると、宇宙葬にされたかつての恋人の棺桶と遭遇して、最後の幸せを噛み締め、息途切れるまで棺桶を抱きしめ続けた。
27
批評家の男は、身の回りにある機械の部品を丁寧に分解していって、部品ひとつひとつの役目、質、製造法、製造者の思い、おごり、人生までをまとめた批評を製造会社に送りつけている。
28
未来を変えたい男が、更地になって手放すことになった自分の土地で、温泉でも、金塊でも、石油でもいいから掘り当てようと最後のあがきで、スコップで土を掘ると、懐かしい缶の箱が出てきて、フタを開けるとガラクタだらけだったが、夢いっぱいの幼少の自分を思い出し、ケーキ職人に弟子入りした。
29
そのサイコロを降るたびに、各面の賽の目がバラバラっと落ちてしまい、サイコロの威厳は感じられない。
30
靴を履くと、ガバっと靴が足首を締めてきて、今すぐ私の中に突っ込んだその足をいい匂いの石鹸で洗い直してこなければ、このままお前の足を噛みちぎると、脅された。
一文物語365の本
2014年9月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。