瞑想中に湧いたイメージ 2:女性性と自分の統合であらわれた全てをつなぐ自分・霊

日が沈む海を眺める女性

瞑想中にいつもとは違う不思議なイメージが湧いたお話の続きです。

前回は、瞑想の中で、自分の体から光の粒子が放たれたり、入ってきたりするイメージを見ました。

また、自分の中から出てきた女性、それが自分の女性性だなと気づきました。

それから瞑想を続けていくと、女性性と男性性は、守護である感じ、自分に統合されて行きました。

そして、こことは違う世界をつなぐ新たな自分(霊)に気づきました。

これまでの流れと意味合いを深掘りして行きます。

目次

体・魂・霊という話が妙に腑に落ちる

前回の瞑想を経験したあと、人には体・魂・霊という区分け、領域があるみたいな話を偶然にも聞く機会がありました。

この話を妙に納得してしまいました。体・魂・霊、これらが瞑想したときの体感と似ていたからです。

もちろん、その話を聞く前に瞑想体験の話は一切していません。体・魂・霊の話を聞いてから、実はこんな体験をしたことは伝えました。

体の中に魂があり、その中に霊というものがあるイメージ。

体と魂は、わりと身近な部分かなと思います。魂が本当に存在するのかしないのかという話は別にして。

さらに自分の中心に霊というものがある、そんな感覚で話を聞いてました。

魂の部分は、前回の瞑想で女性性が現れた辺りから、そこにいる自分が魂のように感じていました。

自分の体が上昇して光の水面に入っていくあたりが、より自分の中心に寄っていく、深く入っていく感じだなと思いました。

ただ、この時点では、霊という感覚はまだつかめてはいませんでした。

その方の言う体・魂・霊の意味と完全に一致するかはわかりませんが、この話を聞いて、瞑想でのイメージがとても受け入れやすくなりました。

三位一体の魂:自分と女性性と男性性

日々、瞑想をしながら、ずっと私のそばを自由に動き続ける女性性と対話をしました。

言葉で話をすると言うよりは、かなり感覚的な意思交換です。何を話したかという具体的なことはありません。

それを繰り返すことでわかってきたことは、男性であろうと自分の中に女性的な部分があり、それを受け入れろという意味合いに気づきました。

自分がそれを受け入れること自体は良くて、そういう時なんだと、また腑に落ちました。

昭和と平成という時代区分は、男性と女性が別れていたという意見を本やネットで読んだりしていました。

昭和は完全に男性が優位に、平成は女性も台頭していこうという流れでした。

しかし、女性が台頭していくことを阻み、対立も生んでしまい、平成は上手く混じり合うことはなかったように感じます。

そして、令和はそれらが上手く統合されていく時代でもあるという流れが、すごいわかります。

たぶん、私の中でもそういうことが起きているのだろうと感じていました。心でそう理解していても完全に体に馴染むまで時間がかかりました。

自分の女性性を認められた時、もう1人、男性性が現れました。女性性を受け入れるには、男性性も必要であるように感じました。

女性性と男性性、そして自分がそろって、魂なのではないかと思えた瞬間でもあります。

どれかが欠けても、一つだけ大きくなりすぎても、本来の自分が崩れてしまうような気がしました。

自分は守護されている

男性性は、女性性とともに当然ある存在だ、と多くを語りません。

女性性と男性性が自分に統合される時、二つの存在の意味に気づきました。

男性性は、守。

女性性は、護。

これは、一般的な男性性女性性の意味とは違い、私が瞑想の中で感じたことです。

男性性の守は、硬い壁で私を守ってくれている存在。とても強さを感じ、その壁があるから自分は守られ、様々なことに、物理的に突き進むことができるんだと感じました。

女性性の護は、やわらかく私を包み込んでくれる存在。癒しでもあり、よりどころ、安心感があり、神秘的、何事も平静に愛を持って対応できる感じがありました。

守と護によって、私は守護されているのだと気づき、とても安心しました。

魂の中にある全てをつなぐ自分・霊

女性性・男性性・自分が三位一体となった時、自分とそっくりな光でできた私が現れました。

それが霊という存在だと思いました。体・魂・霊の話を聞いていたから、そのイメージがあったのかもしれません。

その霊からは、常に光の粒子が放出され、取り込んでもいました。

以前の瞑想で、自分もその感覚がありましたが、すべてを凌駕し、自分の根源を目の前で見ているようでした。それが霊という存在なのかと思えます。

霊は、自分の中にありつつも、体では感じられない見えない世界を自由に行き来できる存在でした。

一つ、具体的には、直感と言われるものは、この霊が運んできてくれていたのではないかと思いました。私が預かり知らないところで、私に必要なことを教えてくれていた存在のようだった。

この霊に、自分ではまだ不確かな考えを伝えると、まるで100%理解していたかのような明確なイメージを渡してくれもします。

それを受け取る私は、そのイメージなるものに確証的根拠を持ち得ません。でも、他の選択肢を選ぶことができないほど、納得のいくものでもあります。

霊は、自分の知らない世界とつながり、私のためにこれだというものを引っ張り出してきてくれます。

ただ、いつもそうとは限りません。光の雲の上に寝そべって、何を考えていのかわからず、眠っていたりします。

でも、そこにいてくれるだけで、とても安心している私がいます。

まとめ

瞑想中に湧いて現れた女性性と男性性の存在は、私にとって切っても切れない存在でした。

私を守護する存在であり、私を前に進ませてもくれます。今まで気づかず、そうさせてくれていて、これからもより身近に感じながら生きています。

そして、すべてとつながるもう1人の私・霊。私自身の根源。

今までずっと私の中にいて、これからも私の中にいることでしょう。

三位一体であることを気づかせてくれた今回の瞑想は、とても貴重な体験でした。

偶然にも、体・魂・霊の話をしてくれた友人にも感謝です。この瞑想をより深いもの、理解できる言葉をいただくことができました。

すべてがギフトだったんだと思います。

あわせて読みたい
瞑想中に湧いたイメージ 1:光の粒子と女性性 私は、いつも寝る前に瞑想をしています。 常に頭の中でぐるぐると考えごとがまわっているので、それを断ち切るために、瞑想をしています。 瞑想は、朝やるといいとも聞...
あわせて読みたい
瞑想を始めて、見失っていた自分を見つめ直せたことで、自然体で生きたい自分に変われた! 瞑想に出会ったのは、2015年の春ごろ。 その時、私は自立に失敗して、自分を見失って、精神的につらい状況にいた。 つらい状況に陥ったことを赤裸々に書いた記事「2015...
日が沈む海を眺める女性

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

シェアはこちらから!
  • URLをコピーしました!
目次